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辺境×日記

ごく個人的に思う事を書く

同性婚を認める台湾と、同性愛者を鞭打つインドネシア

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台湾で2年以内に同性婚が認められることになった。

headlines.yahoo.co.jp

アジア初の同性婚。

すごい!これはすごい!

 

ここ何ヶ月も台湾の多くの友人たちが、同性婚を求めて運動を続けているのをFacebookで見ていたが、彼らの努力が実って本当によかったと思う。

 

今後、台湾はアジア各国の希望の星となると思う。

日本でこのまま同性婚が許されない場合、僕らの間から台湾に移住する人たちも出てくるんではなかろうか。

 

実はここ数日、ブログを書こうと思っては中断していた。

それというのも、インドネシアでの恐ろしいニュースが二件も流れていたからだ。

これらのニュースを読んでいると、ブログに気楽に記事をこうして書くことに意味があるのだろうか、インドネシアをDisる文章を書いてお茶を濁して何になるというのかと、ぐるぐる考えていたのである。

www.afpbb.com

www.asahi.com

二件目の「売買春行為があった」とされるニュースに関して、自分のインドネシア在住の友人はFacebookで以下のように書いている。

インドネシア人の同性愛者がどれほど苦しい状況にあるかがよく分かる。長いけど全訳しよう。

台湾の兄弟・友人のみんなおめでとう。インドネシア人として(いい意味で)とてもうらやましく思い、我々の政府も早くインドネシアで「平等」が危機状況にあることに気づいてほしいと願いました。

 

2日前、警察の一群がジャカルタ最大のサウナであるAtlantisに踏み込みました。(タイにある)Babylonに警察が踏み込むことを想像してみてください。

自分はここ数年Atlantisには行っていなかったけれど、捕まった彼らが本当にかわいそうに思う。

警察は突如突入し、彼らに大変な屈辱を与えた。

彼らの衣服をはぎ取り、裸のまま警察署へ連行しました。警官の数名は、その様子を写真撮影し、インターネットに流し、彼らを見世物にしました。

 

その頃そのエリアでは、ストレート向けの売春宿が何件も通常営業しており、警察はもちろん彼ら自身が常連客でもある売春宿には突入しなかったのです。それら売春宿のうち一つはあまりにも看板が大きいため、我々ゲイでも皆が知る場所なのに。警察だって、その売春宿を知らなかったわけはないだろうに。

 

今年、僕は29歳になりましたが、僕は今も自分自身を否定し、自分が何者であるかを否定し、社会が望む存在であるように、ここで生き残り、暮らしていくために仮面をかぶっています。

誕生日が来るたびに、また「恥」に覆われた一年が来るのかと思わされます。神が作ったはずのこの自分を否定するほどの「恥」です。

 

もうインドネシアで生きていくのに疲れました。この国をいくら愛していたとしても無理です。

インドネシアの人々は、あらゆるものの上に「宗教」を置くことに必死で、神自体を忘れてしまったかのようです。

「宗教」を褒め称えるあまり、人として何が正しくて何が正しくないかを見失っています。

僕はカトリック教徒ですが、神に誓って、もし「宗教」が正義や人間性から僕を遠ざけるならば、僕は善き不可知論者である事を選ぶ。

善き不可知論者、あるいはもっと言うと、善き無神論者であるほうが、理念主義な宗教原理主義者などよりも天国に入る権利を持つと思う。

 

神様お願いです、はやくこの地獄のような国から脱出する方法を示してください。自分にはあと何年この仮面をかぶった人生を耐えられるかわかりません。

 インドネシアは大変悲惨な状況にある。

友人が早く自由の地に移住できる事を願うばかりだ。

故郷の「七ツ山」が伝える警告

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最近、宮本常一の民俗学の本を読んでいる。

山に生きる人びと (河出文庫)

山に生きる人びと (河出文庫)

 

 驚いたのは、僕の母方の祖母の出身地がサンカ(山々を回遊して工芸、狩猟などで暮らしていた人々)の多い地域だったと明記されていたことだ。

九州山脈の中でサンカの多いのは宮崎県北部の山中であるという 。米良 ・椎葉郷から北につづく部分である 。そのうち諸塚の七ツ山付近の人びとは古くから回帰性移動をおこなっていたという 。

僕の祖母はまさにここに出てくる「七ツ山」の出身である。

 

ここでちょっと学校の歴史で何を習ったかを思い出すと、、、

 

義務教育では「士農工商」とか、「江戸時代は農民が8割以上」などと習う。

そうすると、たいていの人は「自分の祖先は農民だったのか〜」と想像してしまうだろう。

 

僕もそうだった。

でも、調べれば調べるほど、僕の祖先はそうではなかったようなのだ。

(僕は取れる限りの除籍謄本を取り寄せ、わかる範囲の祖先の出身地を全て調べ上げたことがある。)

 

さらに言うと、祖母の兄弟は最近も「狩猟」が仕事だった。

ここまで来れば、サンカであったかどうかは分からないが、少なくとも農民ではなかっただろう。

 

学校で習う「歴史」というのは、「日本の支配者の政治の歴史」の色合いが強い。

支配者というのは、ことあるごとに民を画一的に束ねようとするものである。

そうすることは、ここ数世紀の間、軍事面でも産業面でも有利に働いたし、権力の強化にも役だった。

 

今の「歴史教育」ももちろんその流れを受け継いでいる。

そこで書かれる民衆の大半は、検地で土地に縛られ、寺請制度で宗教的にも縛られていく農民である。

様々な職種がいたにもかかわらず、それを「農民」に代表させるのだ。

 

その教育の狙いは?

 

農民には、しばしば以下のような枕詞がつく。 

「正直で働き者の農民」「質素倹約な農民」

これらのイメージを我々は学校教育ですり込まれてしまったのではないか?

 

そしてそれが我々の祖先であると教えられた結果起こるのは、

  • 正直で→政府にたてつかず
  • よく働き→労働環境の悪化をものともせず
  • 貧しさにも耐える→その上、税金をいくら取ってもよい 

といった国民のできあがりである。

 

日本の支配者がこの効果を狙ってやっているかはわからない。

狙ってやっているとすれば、恐ろしいことだ。

 

でも、もしかしたら狙わずともこういう効果が出ている可能性もある。

それは「それ自体意思のない体制による、自動的・反復的・自己強化的な洗脳」というもっと恐ろしいシステムに我々がハマっているということだ。

 

できれば近いうちに祖母の故郷の七ツ山を訪れようと思う。

何も知らなければ「ただの田舎」かもしれないが、その山の上からはいろいろなものが見えそうだ。

LGBTは一般人ではないので共謀罪の対象になる

我々は「一般人」なのか?

共謀罪がまもなく強行採決されそうだとのこと。

news.yahoo.co.jp

この議論の中でしきりに「一般の人は対象にならない」と言っているようだが、ここで我々LGBTがそもそも「一般人」と思われているかを振り返ってみよう。

まず、政府の見方

学習指導要領でLGBTを指導内容とするかについての文科省のコメント

文科省は「LGBTを指導内容として扱うのは、保護者や国民の理解などを考慮すると難しい」として却下

いさぎよいまでにLGBTは「国民」の範疇にすら入っていない。

www.excite.co.jp

次に地方自治体

LGBTが里親になれるかどうかと聞かれた群馬県の例。

県は「父親と母親が協力して子育てする家族形態が『標準』になりやすく、優先される」と、“LGBT里親”には慎重だ。

「標準」ではないとのこと。

LGBT里親 県は慎重「普通の家庭が優先」/群馬  (毎日新聞)

そして民間

エンジャパンの行ったアンケート

「ダイバーシティの促進のために必要なことは何だと思いますか?」と伺ったところ、多かった回答は「一般社員の理解」

この「ダイバーシティ」で想定されているのは女性やLGBTなのだけど、この問題設定自体、我々が「一般」ではないと言っているようなものである。

www.huffingtonpost.jp

共謀罪で我々は何もできなくなる

こうした「共謀罪」とは異なる文脈で我々がどのように表現されているかを見れば、我々ゲイが「一般人」でも「普通の人」でもないと常々本心で思われていることが明白である。

共謀罪が成立したら、何か理由をつけて我々をしょっぴく際に、「一般人かどうか」というガードはすでに外れているようなものだ。

 

という事は、僕らは例えば政治に関するデモや集会にはまず参加できないことになる。

そうすると、この前開催された「レインボープライド」のような我々のイベントを権力側が中止に追い込む事も簡単なのではないか。

 

これは、実際に石原都知事が新宿二丁目をつぶそうとしていた頃を知っているゲイの方なら、簡単に想像がつくと思う。

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日本の特別地域5 東京都 新宿区(電子版) - 昼間たかし, 佐藤圭亮 - Google ブックス

当時は共謀罪が無かったが、共謀罪が成立してしまえば、二丁目からゲイバーを駆逐することは赤子の手をひねるようなものだろう。

だって、「一般人」ではない人々の巣窟なのだから。

 

共謀罪でしょっ引かれる以上に、我々が政治的に身動きとれなくなるというのは我々にとって非常に恐ろしいことだと思う。

世の中には先進国なのにゲイをむち打ち刑にするシンガポールのような国もあるわけだから、日本がいつかそんな悪法をつくろうとしないとも限らない。そんな悪夢を止めるために発言することもできなくなるということだから。

まとめ

おそらく共謀罪は採決されてしまうだろう。

これはアベノミクスに釣られて無邪気に自民党に投票し、圧倒的な権力を与えてしまった我々有権者の責任である。(僕はこれまで一度も自民党には投票していないけど)

我々ゲイの方々の中にも、自民党に投票した人は相当多いはずだ。

これからの数年でなんとかこの状況をひっくり返せるのだろうか?ダメならどうする?

このままでは「LGBTが普通に暮らせる日」は来ないんじゃないか

この記事がちょっと話題になっているようだ。

temita.jp

「男どうしで手をつないで来店したカップルが気持ち悪いので、出入り禁止にしろ」という苦情に対し、「お前こそ来るな」と返したという店のニュース。

 

これに対して

「よく言った!」

「清清しい」

等々のコメントがついているというのである。

 

この記事は僕の友人たちとつながっているFacebookでもちょっと話題になっていて、皆一様に

「すっきりした!」

「神対応!」

などと絶賛している。

 

店の対応はたしかに素晴らしい。これからもこの姿勢を貫いてほしい。

 

でも、未だに僕らが恋人と手をつないで歩くことができない現実が目の前にある。

どうすればこの状況をなくすことができるのだろうか。

 

一つの可能性として僕が考えているのはMARVEL作品「ジェシカジョーンズ」の手法だ。

www.netflix.com

この作品では、女性の同性カップルがあくまでも「普通の存在」として登場する。

普通に結婚していたり、もちろん浮気も離婚も殴り合いのケンカも普通にしたり。

 

日本の映像作品で同性愛者が登場する時は、ひどい話だが「禁断の恋」とか「変態」として登場するものである。

(例えば鈴木亮平の「HK変態仮面」は全体的に面白い映画だったけど、敵役で「ホモ」が変態の一種として普通に登場させらていましたよね。ああいうの。)

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今回の冒頭の投書と、それを受けた周りの好意的な反応は、いい展開のように一見思える。

 

でも、この議論の段階で留まっているだけではダメだと思うのだ。

 

MARVELのように「LGBTは普通に存在し、普通に生活していて、世間はそれを問題にしない」という絵をたくさん世間に流してほしい。

 

ドラマでもCMでも映画でもいいから。

それこそ、我々のような同性愛者が世の中に少なくとも5%いるのは確実なので、5%程度の頻度で良い。

我々が普通に暮らしている姿、そして(理想的な世界像かもしれないけど)それを世間も問題としていない場面。

 

企業も「我々はLGBTを支援する!」とか「差別反対!」と言ってくれるのも、まあ有難いのだけど、それならばさらにもう一歩踏み込んで、CMの映像で我々を「普通に世間の一員として」登場させてほしい。

差別してないんだからできるよね?

 

「LGBTは排除されているので、そうではなく受け入れるべき」という明示的なメッセージも現状は必要なのは分かる。

でも、「じゃ、どういう状況が理想的な状況なのか?」に対する答えをもっと見せてほしいと思うのだ。

逆にそれこそが、「LGBTを忌避することこそ異常である」というメッセージになるのではないか。

なぜこういう人たちは同性婚に反対するのか

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デヴィ夫人の妄言。

news.livedoor.com

結婚イコール子孫を残す事というのであれば、高齢の女性の結婚も禁じたらどうか。

病気によって子宮摘出手術を受けた女性の結婚も禁じたらどうか。

 

デヴィ夫人の妄言は、つまり優生学である。

人間には、生殖できる事のみが求められているのではない。

そもそも人間は自然から逸脱した存在である。

我々人間は

  • 大人になるまで生きられない胎児でも産む決断をする夫婦がいる。
  • 大人になるまで生きられない病気にかかった子供でも愛情を注いで育てる。

生殖に貢献できない者の人生も肯定していくのが人間の社会である。

 

結婚というのは社会の作り出した制度の一つだ。

それは決して「自然」なのではない。

デヴィ夫人は自身の「第三夫人」としての経験から、日本の「一夫一婦」という「結婚制度」を客観的に見る視点を持つに至らなかったのであろうか。

 

そして結婚は、単なる制度の一つであるが、間違いなく我々の生き方に大きな意味を持つ制度である。

そうでなければ高齢者同士の結婚など起こるはずもない。

間違いなく彼らは「生殖」以外の意味を求めて結婚するのである。

 

それは我々同性愛者も同様である。

我々は「生殖」以外の意味を求めて結婚する。

それを拒むことにどんな合理的理由があるというのか。

彼氏と同居したい

この半年ほど、彼氏と同居しようという話をしている。

ただ、僕らのような男性の同性カップルは賃貸を借りる事が非常に難しい。

10年前の体験

当時つきあっていた彼氏と一緒にアパートを探しに「エイブル」の窓口に行ったことがある。

 

「男と一緒!?ないと思いますけどねー!」

と、窓口の中年男性店員から汚物を見るような目で睨まれ、物件情報の印刷された紙束が僕らの前にバサリと置かれた。

 

非常に屈辱的であったが、僕らはその紙から二つほど候補を選び、再びその店員に

「これに興味があるのですが、、、」

と伝えた。

 

店員は1件目の家主に電話をかけ、

「エイブル○○店の■■です。男性のお二人なんですけどね、お宅の物件に、、、あ、そうですか、やっぱりそうですよね。はいはい。わかりました。」

ガチャリ

「ダメだそうですよ。」

僕らはもう耐えられなくなって、二件目はもういいですと断って店を出た。

 

その後、「二度とエイブルは使わない」と心に決めつつさまよっていたのだけど、ある日、女性スタッフだけでやっている小さな不動産屋に巡り会い、そこの店員が非常に熱心に探してくれたおかげで、一緒に住む家を見つけることはできた。

 

これは10年前の僕の体験であるけど、最近でも友人は

「100件ぐらい申し込んだけど5件ぐらいしか回答がなかったよ」

とのことである。

男性カップルというだけでこれほどの門前払いを食らうのは本当に困るし屈辱的でもある。

SUUMOに期待している

SUUMOが夏頃に「LGBTフレンドリー」という条件で検索できるようにする予定だということだ。

www.recruit-sumai.co.jp

あえてこういう条件でフィルタをかけなければならないというのが、そもそも悲しいことだけど、現実に友人のように95%拒否されるという現状があるのでは、しかたないとも言える。

 

また、こういう条件を設けることで、LGBTカップルの需要もあることと、賃貸オーナーとして我々を排除する必要は無いことがSUUMOの営業から直接賃貸オーナーに語られるのであれば、これは非常に価値のあることかもしれない。

 

SUUMO頑張ってください。心待ちにしています。本当に切実です。

アタシの増田黒歴史がアーカイブされている件

きゃーーー!!!!

やーーめーーーてーーー!!!

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なんでアタシの10年前の記事が白日の下にさらされてるのよ!!

増田アーカイブなんて聞いてないわよ!

最近生まれた造語である「ガチホモ」のイメージにぴったりな、30代、ボウズ、髭、バルク系筋肉質なホモである自分が、

しかもなに一行目から盛りに盛ってるのよ!

「バルク系筋肉質」ってどこのイケメンよっ?空想でもの言うのもいい加減にしなさいよ!

あーー、若いコって怖いわーー!

 

それに10年ぶりに読んで、あまりにも考えが違いすぎて自分だってわからなかったわ!

随所に見られる「容姿差別」「オネエ差別」「人間嫌い」!!

ホモの風上にも置けない性格の悪いヲカマ!!

 

さらに何を勘違いして行間からちょいちょい男ぶった感じを出そうとしてるのよーー!

恥ずかしい、すっごく恥ずかしい!

閑話休題

いやしかし、増田アーカイブの破壊力すごいね。

自分が10年前に投稿した増田をこういう形で発掘するとは。

思わずオネエで書かざるを得ない心境になってしまいました。

 

あの投稿は当時多少ブックマークされ、それに続いて同じようなテーマで何人かが書いてくれて、ちょっと面白かったです。 

anond.hatelabo.jp

でも、10年経って自分の記事を読んで思うのは、

「人間って、こんなにも考え方が変わるんだね」

ということ。

 

今と比較すると、10年前は、

  • 「容姿が良い」という尺度が単純に一つ存在すると思っていた。
  • そしてその尺度を使って「容姿差別」することに躊躇していない。
  • オネエへの差別感情を持っていた。
  • 「男らしく」あろうとしていた。
  • 基本的に他人を見下している。

すべて間違いだったけどな!!!

差別用語について

また、当時は「差別」とか「差別用語」などへの思慮も浅く、適当なことを書いているのが分かる。

Q3. 「ホモ」は差別用語だから「ゲイ」って言うべきですよね?
どちらも外来語であまり実感ない。別にって感じ。
「『ニグロ』は差別用語だから『アフロアメリカン』って言うべきですよね。」っていう感じの情報と同じで、知識として知っていても実感はない。
ふだんの友達同士の会話でも「ホモ」って言うしね。

今では、この件についてもう少し理解が深まっている。

この件は長くなりそうなので、また別記事で書いてみたいと思う。

 話はそれたけど

いや、増田アーカイブ驚いたよ本当に。

 でも、10年前の自分の記事を見て、自分の考えの変化がわかっておもしろかった。

またこれから十年後にはこのブログの記事を読んで驚いたりするのかな。