辺境×日記

ごく個人的に思う事を書く

ゲイの僕が会社で遭遇した悪夢

前の記事で触れた、「過去に職場で起こったある事件」の話。

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僕はこれから書くこの事件で、うちの会社が僕らのようなゲイを排斥・差別する集団だと決定的に認識させられた。

今もその認識は変わらぬままだ。

発端は同性結婚

うちに商談に来た某外資系企業の営業がある写真を持ってきた。

「この前、ここに一緒におじゃましたAさん、結婚したそうですよ。」

彼のゲスな笑顔で察しが付いた。

 

写真は、先日お会いした外国人のAさんが、男性と並んで写っているものだった。

同性結婚である。

 

目の前の日本支社の日本人営業は、明らかにこれを「変な意味で盛り上がる商談導入トーク」の一環として、その写真をわざわざカラーコピーして持って来たのだ。

Aさんは、自分が幸せの共有と感謝のメッセージとして仲間に送ったであろうその写真が、こんな最悪の使われ方をしているとは、思いもしなかったであろう。

 

「よかったですね!おめでとうとお伝えください。」

僕は怒りをぐっとこらえ、震える声で、ただただAさんを祝福するだけにとどめた。

 

しかし、話はこれだけでは収まらなかったのだ。

弊社内の最悪な反応

商談が終わり、僕はそのカラーコピーを持って、Aさんと面識のある他の社員にその件を報告した。

祝福の態度を期待していた僕は甘かった。

 

「え!やっぱりそうだったんだ!気持ち悪〜〜!!」

 

ああ、やはりこうなるのか。。。

その話は中小企業であるうちの会社の狭いオフィスで、瞬く間に発火した。

もっと最悪な展開へ

その日は夕方から夜にかけて、会社の会議室で料理を囲んで社員の懇親会が催される日であった。

 

Aさんとその夫のツーショットのカラーコピーは、むごいことに、その会議室の壁にセロテープで張り出されることになった。

 

そして、全員で再び

「気持ち悪い〜」

「前回の食事会でAさんに触られた!」(食事会の席隣で手が脚に当たっただけなのに)

「やっぱりあいつ変態だったんだ」

「俺は違うからな!!」

の大合唱。

 

Aさんの写真を他の社員に報告した自分を責めた。

写真の中のAさんに本当に申し訳ない。

正直、こんな組織に自分は所属していいのかと思った。

その後

その後、僕はまだAさんとは再会していない。

もし何かの会議などで再会できたら、せめて直接祝福の言葉をかけたいと思う。

 

最近うちの会社は新卒募集をかけている。

つい先日、ゲイっぽい男子学生からの履歴書が届いた。

「趣味:美容」となっていただけだが。

 

「こいつおカマだ!」

「ケツ狙われるんじゃない?」

ああ、、、うちの会社は未だにこんな原始人ばかりなのか。

 

しかし、さらに恐ろしいことに経営層の二人はこんな妄言を述べた。

「でも一人ぐらいオネエ社員ほしいよね」「そうそう」

 

営業トークのネタが欲しいだけというのが透けて見える。

僕らは、あなた方のような差別主義者のペットやマスコットではないのだ。

 

うちの会社はこれほどまでの差別意識の闇に沈み込んだ組織だ。

そして、彼らにはその自覚が一切ない。

 

この状況を打破するには、自分が身の上を明かし、

「ここにいるのだから、そうした差別はやめろ」

と言うべきなのか。

 

そこまでする義理は?僕が排除される可能性は?

答えが出ぬままもうすぐ9年だ。

「ゲイ」を誇れない自分

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東京レインボープライド2017というイベントがGW中に開催されます。

tokyorainbowpride.com

『東京レインボープライド』は、 性的指向や性自認のいかんにかかわらず、差別や偏見にさらされることなく、より自分らしく、各個人が幸せを追求していくことができる社会の実現を目指すイベントの総称です。

いつも思うけど、このイベントを実行してくれる方々には、本当に頭が上がらない。

彼らの活動あってこその、今の自分の恵まれた状況なのだと思う。

しかし、、

「ゲイ」を誇れない自分

僕は職場ではもちろんゲイである事は隠している。

 

職場では、ゲイに対する差別発言は日常茶飯事であり、全社員がゲイを「嘲笑・差別の対象にしてよい下劣な生き物」と見なしていることが明白である。*1

 

そんな状況でのカミングアウトは、ある意味自殺行為に等しい。

あるいは職場で一定の信頼を得ている僕がカミングアウトすれば、皆もゲイの存在について多少は再考するだろうか。

 

そうなればいいが、現状があまりにもひどいので茨の道であろう。

下手したら職場から追放されるおそれもある。

「ゲイ」を誇れないカップル

僕の彼氏は、僕以上にゲイであることを隠したがる。

旅行中にダブルベッドの部屋を取りたがらないのもそうだし、外でインスタグラムを開くことさえも、だれかに見られないかと非常に神経質になっている。

 

男女のカップルが街で手をつないだり腕を組んで歩いているのを見ると、非常にうらやましく思う。

僕も彼とは、あれぐらい仲がいいはずなのに街中でそのような事はできないからだ。

光明

先日、彼と一緒にURの営業所に物件の図を見に行った。

窓口の女性に「お二人でご契約予定ですか?」と聞かれた時に、僕は彼の事を気づかって、言葉をごにょごにょ濁してしまった。

 

しかし、その後の受け答えの自然な流れで、僕らが一緒に住む予定である事を、窓口の女性が察してくれるように彼が受け答えをしてくれた。

 

いつもはあれほど隠したがるはずなのに。

それほど「一緒に暮らす」ことを真剣に考えてくれてるのだろうか。

いい方に解釈しすぎかもしれないが、彼のこういう所がとても好きだ。

僕は何をすべきか

冒頭のレインボープライド2017のようなイベントに参加できるほど、今の僕には度胸がない。

道ばたの人が撮った写真経由で会社や親に知られたらと思うと、心安らかではいられない。

 

それでも、僕は彼らと同じ目標を持っている。

彼と一緒に世間におびえることなく暮らしていきたい。

だから、こうしてブログにでも書いておくことにしよう。

*1:なぜ職場の皆がゲイを極端に差別していると言えるかというのは、過去の職場でのとある事件で分かったので、後日書くことにしよう。

じじいが二人で行動する背景

これね、僕の脳内にはどう見ても同性カップルの映像でしか再生されない。

年齢差あったり、服装が多少綺麗とかもそう。

www.kandosaori.com

しかも、この記事のお二方はまさに僕と僕の彼氏の未来に見える。

 

彼は多少気難しい性格で、なんやかんやと道行く人にケチをつける。
ひどい話だが、泣いてる子連れの母親とかにも容赦ない。

 

僕は彼のグチが始まると
「まあまあまあ、、、」
と、なだめにかかる。

 

もうちょっと心を広くすれば、気にならなくなって幸せなはずだけど、彼のこれまでの長い人生で形成された性質を、無下に批判・酷評などするつもりはない。

 

僕が彼と付き合うようになってから、これでも彼は友人から
「性格が多少丸くなったね」
と言われる事があるそうだ。

 

コントロールや矯正するでもなく、自然にゆっくり変わっていくと言う事でいいのだと思う。

 

冒頭の記事のおじいちゃん二人が同性カップルかどうかはわからない。
ただ、世の中には皆が考える以上に老人の同性カップルは多い事を知っておいてほしいと思う。
そのぐらいの年齢になると、ほとんどの場合、彼らは一生を添い遂げる覚悟で付き合っているのだから。

僕が「おじさん」ぽいと感じる人の3つの例

この ↓ 記事を読んで大変な違和感。

この女性にも、またこの記事についたブコメたちにも。

www.houdoukyoku.jp

僕はゲイなので、当然男性をよく見ているのだけど、「おじさん」ぽいというのは、年齢のことではないなと常々思う。

五十代の人でも、「おじさん」という言葉に当てはまらない人も多い一方で、二十代・三十代ですでに「おじさん」化している人もいる。

例えばこんな人たちだ。

女性の人格を尊重しない

「おじさん」ぽいと思わせる決定的な要因は「前時代的」であることだ。

その中でも特に「女性軽視」は効果が高い。

 

先日、うちの新入社員の女性に向かって

「女性は会社の電話を率先して取るべき」

との迷言を述べていたうちの会社のメンバーはおじさん臭が際立っていた。

あまりにもひどかったので、僕が即座に訂正したけど。

 

また女性を年齢によって軽々しく「ババア」呼ばわりするのは、そのままその発言者に跳ね返って「おじさん」度が急騰することになる。

学歴重視

「彼は○○大だから」「■■大も△△大もろくな奴はいない」

こういう発言を聞くと

「うわ!おじさん臭い~」

と思ってしまう。

 

アナタ何年前の話してるの?もう大学出て20年以上経ってるでしょ?

 

特に年齢が四十歳を越えると、現職に留まった場合の出世コースの上限が容易に見えてくる。

そうなってくると、もう未来がつまらないものだから、過去に自分がいかに良い大学に在籍したか、そして他大学がいかにクソであるかを発言しだす人が出てくる。

 

こういうのを見ると、「ああ、この人は未来に希望を持てていない人なんだな」と思わずにはいられない。

 

この「人生に対して消極的になった人」というのは、いかにも「おじさん」に見えてしまう。

世の中をわかった気になっている

「社会ってそういうものでしょ」

「投票したって意味ないでしょ?」

自分の思い通りにいかない無力感を感じた時に、考えるのをやめてしまった人がこういう思考パターンにはまっているのを見ることがある。

 

会社の中でもこういう人は、往々にして組織を硬直化させる土嚢のような存在になる。

自分はその場にしっかりと足を下ろしているつもりだろうけど、状況から取り残され、どんどん弱体化していっているのを自覚していないこともある。

 

ちなみに、早期に「おじさん」化した若者に多いのはこのパターン。

 

「世の中まだまだ知らないことだらけだな」と思っているほうが楽しく生きていけるんじゃないかな。

まとめ

どうだろうか。

ここに書いたことはあくまでも僕が個人的に思う「おじさん」ぽい行動の一例だ。

しかし、「おじさん」というレッテルに頼らずとも、これらの行動があまり品のいいものでないことは分かってもらえるのではなかろうか。

僕もこういう意味で「おじさん」にならないように注意したいと思う。

 

ちなみに男性の外見の「おじさん」ぽさについては、自分でいろいろ思うことはある。

でもそれはあまりにも僕の「好み」に偏った記事になるので、今回は割愛させていただいた。

Zumbaで女心を磨かれてきた

磨かれてきたのである

女心を。

僕は男だけど。

 

前からこのZumbaのクラスは気になっていた。

音楽もいいし、先生のキャラもよく、なにより楽しそう。

 

でも難しそうだしな。。。

と尻込みし続けてはや1年以上。

 

そのクラスをガラス越しに見ながら、僕同様に筋トレしかしないジムの友人にその話をしたら、

「じゃ、来週から一緒に出ようよ!」

と、非常に軽々しく背中をおしてくれた。

 

「それじゃ来週ね」と約束したのだが、その「来週」に来たのは僕だけ。。。

もう心は決まっていたので、それ以来一人で参加しております。

 

今日で三回目だったのだけど、このZumbaのクラスの楽しさは群を抜いている。

いろいろと楽しい要素はあるのだけど、その中でも特筆すべきは、ただ一つ。

 

先生の振り付けがセクシーすぎる!!

これに尽きます。

 

美しく回転しながら長い髪を両手でかき上げる動作。

重心を落としたところから、身体をなで上げ胸を強調する動き。

などなど書き切れないけど、そんな動作が全て踊りの中にかっこよく埋め込まれている。

 

そういう動作だものだからある意味で「心を女」にした者勝ちなクラスなのである。

今日は20%ほどだけど自分の中の「女心」を解放することに成功し、これまでより多少はうまく踊れたと思う。

 

僕は男だけど、こうして心理的な女性性を獲得・発揮できることは重要だと思っている。

これは僕の性指向(ゲイ)とは関係なくそう思う。

人間の精神のパターンは多ければ多いほど人生が楽しくなるのではと思うのだ。

これを考えるとき、「寄生獣」のこの場面を思い出す。

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寄生獣(2) (アフタヌーンコミックス)より)

 

踊りを覚えつつ、自分の中の「女心」にもっと没入できるようになろうと思います。

物理的な作用で風邪退治

今週の前半はちょっと風邪でした。

月曜の朝に寒気・頭痛・喉の奥の痛み、熱は37.1度。

多分、喉の粘膜にウイルスか細菌が付いたのでしょう。

これは放置するとひどい風邪になりかねない。

 

木曜にパーソナルトレーニングを受ける予定だったので、なんとしても治さないとまずい状況。

こうして治してみたよ!

まず、ノンカフェインのジンジャーティーで喉を暖める。

今回はこれにしました。

これはおいしい。高級感のある優しい味。

 

そして、ジンジャーティーで喉が暖まったら、即座に秘蔵のマヌカハニー!

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これをスプーンに少量ずつ舐めて、ゆっくり口の中で溶かし、喉に広げながら飲みました。

 

この対処を一日四回。(朝、昼、夕方、夜)

 

仕事中は常にマスクで喉の暖かさと湿度をキープ。コートも脱がず。

寒気が来たら、またジンジャーティー。

 

これで水曜にはほぼ完治し、木曜は無事にジムで重たいものを持ち上げることができました。

物理的な作用

最近僕は、病気や健康に関しては、「物理的な作用」を重視しています。

 

体温が1度上がると、免疫の効果は何倍にもなることが分かっています。

また、喉の粘膜では、乾燥するとウイルスの増殖が速くなると言われています。

 

それで、以下のような対処が合理的だろうと考えました。

  • お茶で喉を暖める。(温度)
  • ジンジャーティーとコート着用で体温を上げる。(温度)
  • マスクで喉を冷やさない、乾燥させない。(温度と湿度)
  • お茶をノンカフェインにすることで、水分不足を防ぐ。(湿度)

今回これは成功だったと思います。

秘蔵のマヌカハニー

今回は木曜までに絶対治さないといけないので、ダメ押しでマヌカハニーまで投入しました。

1年前にニュージーランド旅行に行ったときに、マヌカハニーを知りました。

NZはあまりにも田舎で何もなかったのですが、わずかにある土産屋でかなりのマヌカハニー推し。

半信半疑で買ってみたのです。

 

これが本当によく効く。

あまりにも効くので、リピーターになってしまった。

 

おもしろいのは、マヌカハニーは明らかに各種病気に効くことが研究されつくされており、その効き目がわかりやすい数字で表されていることです。

蜂蜜の容器に、「MGO」か「UMF」という数字が書かれています。(この二つは定義が違う別の指標なので注意)

マヌカハニー蜂蜜 MGO100+ 250g

マヌカハニー蜂蜜 MGO100+ 250g

 

この数字が高いほうが効くらしいのですが、最近僕はこの数字かなりインフレしはじめています。(そのぶんお値段も。。。泣)

まあ、高いけど、こういう緊急時に(喉の)風邪を治せるので、今後も世話になると思います。

 

とりあえず今週は乗り切れた。

GWも様々な予定があるので、風邪をひかないようにしたいと思います。

「ゲイ」 vs. 「ムスリム」の排斥合戦は両者共倒れ

この記事は、「ゲイの5人に1人が極右政党を支持」という調査結果をもとに、非常に扇動的なタイトルをこしらえている。

www.bbc.com

僕はこの記事中に現れる「ゲイカップル」に心から反対する。

ムスリムを排除するパワーを持った政権が、我々同性愛者を排除するなど本当にたやすいことだからだ。

 

彼らの選ぶ道は後退である。

例えばキリスト教の聖書には同性愛を非難する文言がたしかにある。(パウロによるローマ人への手紙)

しかし、キリスト教世界はこの数十年でその呪縛を乗り越えつつある。

同性婚については「乗り越える」どころではない、「先陣を切る」勢いである。

ムスリムに同じ事ができないはずはない。もちろん時間はかかるだろうが。

 

僕はLanguage Exchange系のアプリでいろんな人と話をするが、そこであるパキスタン人ムスリム男性と知り合ったことがある。

彼はもちろん同性愛者ではないが、彼と最初に話した時に

「僕はあなたの宗教では禁じられている同性愛者だが、あなたと話をしてもいいのか?」

と聞いた事がある。

 

彼は即答して

「性的な話をしない限りは大丈夫ですよ」

それ以来、彼とは仲良く様々な情報交換をしている。

彼とはFacebookでもつながり、彼の結婚時にはおめでとうの言葉をかけたり、彼が他の日本人と話をして困ったことの相談に乗ったりなど、そこそこ親密に話をしている。

 

ムスリムの排除を認めることは、我々同性愛者の排除を認めることに簡単に転化する。

ムスリムの多くは未だに同性愛者を認めないだろう。

しかし、それはムスリムコミュニティからの要請なのか、それともその本人の感覚なのかを注意深く見極める必要がある。

そして、我々同性愛者の側からは、少なくとも融和の態度を示し続ける必要がある。我々には「神の与えた聖典」などないのだから。

 

これだけ世界中がつながり、これだけ情報があふれれば、宗教もこれからの100年でまた大きく変容するだろう。

そのような状況に、マイノリティ同士がいがみ合う歴史を追加することほど愚かなことはない。