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辺境×日記

ごく個人的に思う事を書く

このままでは「LGBTが普通に暮らせる日」は来ないんじゃないか

この記事がちょっと話題になっているようだ。

temita.jp

「男どうしで手をつないで来店したカップルが気持ち悪いので、出入り禁止にしろ」という苦情に対し、「お前こそ来るな」と返したという店のニュース。

 

これに対して

「よく言った!」

「清清しい」

等々のコメントがついているというのである。

 

この記事は僕の友人たちとつながっているFacebookでもちょっと話題になっていて、皆一様に

「すっきりした!」

「神対応!」

などと絶賛している。

 

店の対応はたしかに素晴らしい。これからもこの姿勢を貫いてほしい。

 

でも、未だに僕らが恋人と手をつないで歩くことができない現実が目の前にある。

どうすればこの状況をなくすことができるのだろうか。

 

一つの可能性として僕が考えているのはMARVEL作品「ジェシカジョーンズ」の手法だ。

www.netflix.com

この作品では、女性の同性カップルがあくまでも「普通の存在」として登場する。

普通に結婚していたり、もちろん浮気も離婚も殴り合いのケンカも普通にしたり。

 

日本の映像作品で同性愛者が登場する時は、ひどい話だが「禁断の恋」とか「変態」として登場するものである。

(例えば鈴木亮平の「HK変態仮面」は全体的に面白い映画だったけど、敵役で「ホモ」が変態の一種として普通に登場させらていましたよね。ああいうの。)

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今回の冒頭の投書と、それを受けた周りの好意的な反応は、いい展開のように一見思える。

 

でも、この議論の段階で留まっているだけではダメだと思うのだ。

 

MARVELのように「LGBTは普通に存在し、普通に生活していて、世間はそれを問題にしない」という絵をたくさん世間に流してほしい。

 

ドラマでもCMでも映画でもいいから。

それこそ、我々のような同性愛者が世の中に少なくとも5%いるのは確実なので、5%程度の頻度で良い。

我々が普通に暮らしている姿、そして(理想的な世界像かもしれないけど)それを世間も問題としていない場面。

 

企業も「我々はLGBTを支援する!」とか「差別反対!」と言ってくれるのも、まあ有難いのだけど、それならばさらにもう一歩踏み込んで、CMの映像で我々を「普通に世間の一員として」登場させてほしい。

差別してないんだからできるよね?

 

「LGBTは排除されているので、そうではなく受け入れるべき」という明示的なメッセージも現状は必要なのは分かる。

でも、「じゃ、どういう状況が理想的な状況なのか?」に対する答えをもっと見せてほしいと思うのだ。

逆にそれこそが、「LGBTを忌避することこそ異常である」というメッセージになるのではないか。