辺境×日記

ごく個人的に思う事を書く

毎晩泣いていた両親の話

いつも愛読しているきなこさんの記事でいろいろ思い出したことがある。

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毎晩泣いていた両親

僕の兄は結婚して実家から離れた遠くの地で暮らしていた。

兄夫婦には子供も生まれ、初孫の誕生に、両親は大いに喜んだ。

 

しかし、

 

兄嫁は、僕の両親に会うことを心底嫌っていた。

おそらく良くあることだと思うのだけど、距離を詰めようとする両親と、深く関わりたくないと思う兄嫁の間での心のすれ違いがあったのだろう。

 

ふさぎ込む兄嫁を守るという名目で、兄はうちの両親に絶縁を叩きつけた。

 

僕や弟はなんとかして兄と両親を和解させようと、いろいろ働きかけを行った。

兄は僕らにこう言い放った。

「お前らと俺はもう家族じゃないんだ。」

それで何年も兄夫婦は実家に近づくことは無かった。

 

ノンケの結婚というのはなぜこうも残酷なものなのかと、僕はほとほとあきれてしまった。

 

残された両親は大変な哀しみの中にあった。

 

特に母。

パートとして働いている職場でしばしば孫の話が出てくるというのだ。

同僚がなんとなく言うこういう言葉、

「この前孫と電話で話したのよ。写真も送ってくれて、ほら。おたくのお孫さんの写真はないの?」

こういうことがあると、母は夜に静かに泣いているのだ。

「孫の小さいころの姿というのは、今しか見れないのよ。それがこうして何年も何年も顔を見ることなく過ぎていくしかないの?」

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息子である兄と、その孫とのつながりを一気に失ったのだ。

孫に「おばあちゃん」と認識される事すら無い。

年月はどんどん過ぎて行く。

さぞ辛かっただろう。

 

父も酒に酔うと毎回のように泣いていた。

「なんであいつはあんな風に育ってしまったんだろうか。俺の育て方が悪かったのか。」

廊下にへたりこんで泣きじゃくる。

その様子を見て母もまた泣き始める。

 

そういった両親の肩を抱いて慰めるのが、その頃実家暮らししていた僕の役目だった。

幸せは皆に行き渡るわけではない

冒頭であげたきなこさんの話もそうだけど、世の中には当たり前と思っている幸せが手に入らない人は意外と多い。

 

ああして泣いていた父も、僕の面前で、

「ホモなんちゅうのは気持ち悪い、いなくなればいいのに」

と平然と言い放って僕をひどく傷つけたものだ。

 

僕も知らず知らずいろんな人を傷つけていることだろう。

こうした悲しい事は防げるものなら防ぎたい。

でも、そうするためにはただただ、いろいろな立場の人に会ったり、話を聞いたりして、自分の経験の幅を増やしていくしかないのだと思う。