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辺境×日記

ごく個人的に思う事を書く

故郷の「七ツ山」が伝える警告

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最近、宮本常一の民俗学の本を読んでいる。

山に生きる人びと (河出文庫)

山に生きる人びと (河出文庫)

 

 驚いたのは、僕の母方の祖母の出身地がサンカ(山々を回遊して工芸、狩猟などで暮らしていた人々)の多い地域だったと明記されていたことだ。

九州山脈の中でサンカの多いのは宮崎県北部の山中であるという 。米良 ・椎葉郷から北につづく部分である 。そのうち諸塚の七ツ山付近の人びとは古くから回帰性移動をおこなっていたという 。

僕の祖母はまさにここに出てくる「七ツ山」の出身である。

 

ここでちょっと学校の歴史で何を習ったかを思い出すと、、、

 

義務教育では「士農工商」とか、「江戸時代は農民が8割以上」などと習う。

そうすると、たいていの人は「自分の祖先は農民だったのか〜」と想像してしまうだろう。

 

僕もそうだった。

でも、調べれば調べるほど、僕の祖先はそうではなかったようなのだ。

(僕は取れる限りの除籍謄本を取り寄せ、わかる範囲の祖先の出身地を全て調べ上げたことがある。)

 

さらに言うと、祖母の兄弟は最近も「狩猟」が仕事だった。

ここまで来れば、サンカであったかどうかは分からないが、少なくとも農民ではなかっただろう。

 

学校で習う「歴史」というのは、「日本の支配者の政治の歴史」の色合いが強い。

支配者というのは、ことあるごとに民を画一的に束ねようとするものである。

そうすることは、ここ数世紀の間、軍事面でも産業面でも有利に働いたし、権力の強化にも役だった。

 

今の「歴史教育」ももちろんその流れを受け継いでいる。

そこで書かれる民衆の大半は、検地で土地に縛られ、寺請制度で宗教的にも縛られていく農民である。

様々な職種がいたにもかかわらず、それを「農民」に代表させるのだ。

 

その教育の狙いは?

 

農民には、しばしば以下のような枕詞がつく。 

「正直で働き者の農民」「質素倹約な農民」

これらのイメージを我々は学校教育ですり込まれてしまったのではないか?

 

そしてそれが我々の祖先であると教えられた結果起こるのは、

  • 正直で→政府にたてつかず
  • よく働き→労働環境の悪化をものともせず
  • 貧しさにも耐える→その上、税金をいくら取ってもよい 

といった国民のできあがりである。

 

日本の支配者がこの効果を狙ってやっているかはわからない。

狙ってやっているとすれば、恐ろしいことだ。

 

でも、もしかしたら狙わずともこういう効果が出ている可能性もある。

それは「それ自体意思のない体制による、自動的・反復的・自己強化的な洗脳」というもっと恐ろしいシステムに我々がハマっているということだ。

 

できれば近いうちに祖母の故郷の七ツ山を訪れようと思う。

何も知らなければ「ただの田舎」かもしれないが、その山の上からはいろいろなものが見えそうだ。