辺境×日記

ごく個人的に思う事を書く

世間が容姿で細分化される問題を数学的に考えてみた

「容姿による細分化」という現象があるんです

ゲイではない人はあまり想像した事ないと思いますが、我々ゲイのコミュニティは「容姿による細分化」が非常に進んでいます。

その細分化された一団をここでは「グループ」と呼ぶと、同グループ内では各種宴会・BBQやスポーツ活動などの交流が盛んだけど、別グループになると滅多に接することが無かったりするんです。

さらに言うと、別グループの容姿をそもそも「男性の姿」と認めていない場合さえある。(ひどいね)

以下目次です。

細分化の具体例

自分もゲイの全グループを俯瞰することはできていないけど、自分から見える範囲で具体例を挙げてみると:

まず、細分化の観点も複数あり、

  • 体型による分類
  • 年代による分類

などがあると思う。

例えば自分が属している「体型の大きめな中年」グループ(決して自分たちでは「中年」などとは認めていないけど)は、

  • 筋肉質
  • マッチョ
  • 体育会系デブ・デブマッチョ
  • 文化系デブ

などに分かれている。

ちなみに自分の意識の中では

  • 筋肉質
  • マッチョ
  • 体育会系デブ・デブマッチョ
  • == ここより上がタイプに入る。そして、ここに容姿的に受け入れられない壁 ==
  • 文化系デブ

というように壁があったりする。

 

恐ろしいのは、こういうグループの中に入ると、そのグループ内でも「至高の容姿を持つ者」がいたりして、それに比べると「自分なんか中肉中背」とか「自分なんかただのデブ」と勘違いしてしまう。体型についての感覚が完全にマヒしてしまっているのです。

まあそれは置いといて。

 

一方、ヘテロ男性・女性のコミュニティではこのような容姿による細分化は起こらないと思う。(一部例外あり。)

 

なぜ我々のコミュニティはこのようなことになるのか?

というのを数学的に説明できるんじゃないかというのが、今回のお題です。

 

ちなみにこの「容姿による細分化」現象にあまり巻き込まれずに生活しているゲイも多い。これも同様に説明できそう。

さらに言うと、ヘテロ男性・女性でも例外的に容姿細分化が起こる条件も説明できそうです。

ここから数学:同値関係による類別

(数学の同値関係による類別を知っている人はここは読み飛ばしてね。)

素朴なイメージで「分ける」というと、なにか「線をひいて分割する」というイメージがあるかもしれないけど、数学はそうではなくて「同じものどうしである」という視点を使います。

 

そのときに使うのが「同値関係」という概念です。

 

Wikipediaから引用してしまいますけど、

ある集合 S において、二項関係 が次の性質を満たすとき、S 上の同値関係であるという。S の任意の元 a, b, c に対し、

「ちょっとなに言ってるかわからない」という人のために解説すると、集合内の二つのものが何かの観点で「同じだ!」と言いたいことがあります。

たとえば人間の集団で「年齢が同じだ」とか「身長が同じだ」とか。

 

そこで例えば、「AさんとBさんが年齢が同じ」というのを「A〜B」という記号で表現すると、この「〜」は以下を満たします。

  • A〜A:AさんとAさん自身は年齢が同じだ
  • A〜BならばB〜A:AさんとBさんが年齢が同じと言えるならば、BさんとAさんも年齢が同じ
  • A〜BかつB〜Cならば、A〜C:AさんとBさんが年齢が同じ、かつ、BさんとCさんが年齢が同じならば、AさんとCさんも年齢が同じ

 さらにもう一つ記号を導入します。

Aさんに対して、[A]というのを

[A]=Aさんと「〜」でつながる人たちの集合

とします。

ようは「Aさんと同じ歳の人たちの集合」ということです。

この[ ]記号の面白いのは

A〜Bならば[A]=[B]である。

(日本語に言い換えると、AさんとBさんが同じ年齢なら、「Aさんと同じ歳の人たち」と「Bさんと同じ歳の人たち」の集合は一致するということ。)

となることです。

そうすると全ての人はこの[ ]で作られる集合のどれか一つ、しかも唯一に属することになります。

(証明)少なくともCさんは[C]に属する。

仮に[A]≠[B]なのにCさんが[A]にも[B]にも属するとすれば、

Cさんは[A]に属するのでA〜C

Cさんは[B]に属するのでB〜C、したがってC〜B

したがって、A〜Bが言えて、[A]=[B]となって仮定に反する。

つまり、「同じもの」(冒頭の3条件を満たす「〜」のような関係)という概念を導入すると、そこから「分類」が可能になるというのですね。

容姿の話に戻る

ちょっと記号を変えて、「→」という矢印を導入しましょう。この記号は

A→B:AさんがBさんの容姿を好む

という意味だとします。

※ 「容姿を好む」と書いたけどこれはもちろん「性的関係を持つ」よりも全然前段階の感情ですから念のため。

我々ゲイの間では、この「容姿を好む」という関係「→」が、簡単に「同値関係」になってしまう状況が発生します。同値関係の3条件を確認してみましょう。

条件1:A→A

Aさんは(自己満足を満たすために)自分で容姿を整えて、Aさん自身を自分好みの容姿にする傾向があります。だってそれがAさんにとっての「好ましい容姿」だから。

これはまさにA→Aという状況です。

あとで言いますが、ここから先はこの条件1が決定的な役割を果たします。

条件2:A→BならB→A

AさんがBさんの容姿を好むとします。このとき、AさんもBさんも条件1を満たしていれば、(つまり、各自自分の好みの容姿になる努力をしていれば、)「Aさんが好ましいと思う容姿のBさんが好ましいと思う容姿にBさんもAさん自身も近づいている(ややこしい、、)」ということで、かなりの確率でB→A、つまりBさんから見てもAさんの容姿が好ましいことになります。

条件3:A→Bかつ、B→CならA→C

AさんがBさんの容姿を好むとし、BさんはCさんの容姿を好むとします。

ここでA、B、C3名が共に条件1を満たしていれば、(条件2よりもさらにややこしい議論を経て)AさんがCさんを好む、つまりA→Cが成立します。

「→:容姿を好む」は同値関係になりがち

ということで、この「→」は、我々ゲイの間では同値関係的な色合いを濃くすることになります。

そしてこの「→」によって、数学的な必然で「同値関係による類別」が発生します。こうなることはもう数学的に避けられません。

重要なのは自己満足条件A→A

特に上記の議論で中心的な役割を果たしたのは、「条件1:A→A」です。

自己満足を原動力とした自身の容姿の追求が必須となっています。

自分の容姿を良くしたいと思うほど、ますますこの細分化の虜となり、ひいては他グループからみると「極端な容姿」を追求することになります。

そして、この自己満足の追求をしないタイプの人は、この「容姿グループ」の無間地獄から脱する事ができていると言えるでしょう。

僕は30代の頃はあえてこの自己満足を放棄していました。「どうせ筋肉なんてつけても60歳で消えてしまうわけだし」などと斜に構えて。

それはそれで楽だったのですが、副作用としては「運動をしないことによる不健康」がありました。

それで、最近はあえてこの無間地獄に飛び込んで、少なくとも運動の習慣をなくさないようにしています。

女子大生の容姿が同じ問題

ヘテロの男女間の場合、まずA→Aが成立しません。

そのため、この「容姿による好み」が男女間で同値関係になることはありません。

 

でも、最近「女子大生の容姿が同じ」という現象が発生しているではありませんか。

これはなぜか?

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一般的にはこれは「同調圧力」「みんなと同じ無難な容姿をしたい」というふうに考える男性は多いかもしれません。

 

でもそれは違う。

彼女たちは、自分のファッションを考え尽くして研究しつくして、それであの状況に陥いるんじゃないか。

そして、おそらく(想像ですが)全女子大生があの容姿なのではなく、一部のあるジャンルのファッション研究に余念の無い女子大生のみがあの容姿になり、そして群れているので「みんな同じに見える」という状況なのではないか。

つまり、これも「条件1:A→A」のなれの果てだと考えるほうが自然なのだと思います。

SNSが容姿の細分化を加速している

ここで鍵となるのがSNSです。

SNSでは「見られる私」を意識せざるを得ません。

ミもフタもなく言えば「私ってかわいい」です。

そして、彼女は必死の努力で「SNS写りのかわいい私(※ ただし自己満足)」になる努力をします。

 

友人と一緒の写真をSNSに上げる場合も、世間で言われているような「友人よりも小顔に写るために後ろに」というような競争的な状況ばかりでなく、「私たちかわいい」という心境で写ることが多いと思います。

(その「かわいい私たちの中で、私もまあまあイケてるほうじゃない?」という本心はあるにしても。)

 

ここでまた別の記号「⇒」を導入します。

⇒B:AさんはBさんがSNS写りがかわいいと思う

この記号は、またしても数学で言う同値関係になります。(念のため3条件を確認してみてくださいね。再び自己満足条件A⇒Aが鍵になっています。)

そして、この「⇒」によって現代人、特に容姿への追求心の強い人ほど、「容姿による細分化」にハマってしまうことになります。

逆に、「SNS写りなどどうでもいい」と考える人々(もちろん女性にもそういう人々は多いです)は、この状況に深入りしてくる傾向が低いのではないか。

まとめ

ここまで、ゲイ男性の容姿の場合と、女子大生が「同じに見える」件で、容姿による細分化問題を考えました。

ここでキモになっているのは

  1. 自己満足による容姿の追求と、
  2. それを他人にも求めること

が両輪となって働いていることです。

 

そして、この二つが揃うと、同値関係の数理によって、容姿の細分化が起こります。

 

さらにこの容姿による細分化がゲイ以外にも発生している強い背景となっているものにSNSがあります。

自分が10代の頃は「世界中に自分の写真をばらまけるツール」なんて無かったわけですから、とんでもない未来にすでに自分たちが来ていることを自覚しなければなりません。

 

以上、数学を持ち出してごにょごにょ書きましたが、そもそもこんなことを考えるに至ったのは、女子大生の同じ容姿の写真を見て、

「あー、わかるわかる、俺らもこうなるもんね。」

と最初に直感的に思ったことです。

別に「みんなと同じ」になりたいわけじゃないんですよ。もうね、構造的にこうなってしまうしかないのです。