辺境×日記

ごく個人的に思う事を書く

アウティングの恐怖

一橋大の痛ましいアウティング自殺のニュースが再び話題になっている。

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この手のニュースは最近では往々にして法律問題に帰着されがちだ。
この件に関しては、遺族の方々が裁判で争うとの事なのでそれはそちらで頑張ってもらいたいと思うが、そもそも「アウティング」がどれほど恐ろしいものであるかを僕は若い頃に目撃した事がある。

 

25年前、僕は数百人規模の学生寮に住んでいた。

 

時々漫画で、「女子寮に男が僕一人だけ!?」でウハウハになるというものを見るが、同性愛者にとっての男子寮はそんなに楽しいものではない。

プライバシーのない状況で、自分が同性愛者だとばれる危険におびえながら毎日暮らさねばならないのだから。

 

そんな環境で、ある日、僕の1学年下のA君が同性愛者だという噂が寮内に広がる。
実際に同性愛者向けのエロ雑誌が彼の部屋から発見されたというのだ。
当時の僕には、プライバシーの無い寮にそのような雑誌を持ち込むなど、考えも及ばないことであった。彼は大胆な性格だったのだろう。

 

それからその噂は寮全体に狂気を巻き起こす。

 

A君が帰省している間、複数名で彼の部屋に勝手に立ち入り、机の鍵を壊し、引き出しの全てをぶちまける。
彼のあらゆる私物は荒らされ、おそらく彼が大事にしていたであろう手紙の類いも全て開陳されてしまった。

 

そして、彼が持っていたという「エロビデオ」が発見され、寮のフロア一箇所だけにあったテレビのある部屋で皆で「鑑賞会」をしたそうな。
僕にもそこに来ないかとの声はかかったが、そんな恐ろしい場にはもちろん行けなかった。

そんなものを寮内に持ち込んでいるA君もどうかと思うが、それにしてもこの扱いは酷いものであった。


そして、恐ろしいことに、これらの蛮行を周りの全員が純粋に「楽しんで」いるのだ。

僕はその事件がきっかけで、徹底的に自分の素性を隠すことにした。

 

島崎藤村の「破戒」に、こんな一節がある。

父はまたつけたして、世に出て身を立てる穢多の子の秘訣――唯一つの希望、唯一つの方法、それは身の素性を隠すより外に無い、『たとへいかなる目を見ようと、いかなる人にめぐりあおうと決して其とはうちあけるな、一旦の憤怒悲哀にこの戒を忘れたら、其時こそ社会から捨てられたものと思へ。』斯う父は教へたのである。

まさにこの気分。

 

当時はLINEもなければ、ましてや携帯電話すらない時代だった。
報道によると一橋大の彼はLINEで暴露されたとのこと。
彼はどんな気分だっただろうか。

 

一瞬で周囲の全員から奇異の眼差しを向けられることは、あの年代の青年には耐えられないだろう。
ストレートにも「理解のある人」というのはいる。しかし、彼の状況ではその「理解のある人」からの憐れみの眼差しすら針のむしろだったのでは。


その人間関係から逃げ出そうにも、一橋のような名門大を辞めることは、育ててくれた親への義に反する。
彼に逃げ場が無くなったことは容易に想像できる。

 

僕はこの件の法律的な解決には今のところ注目していない。
彼にとって「法」という普遍広範なツールより、まずは周囲の人間から一気に疎外されたというミクロな問題が致命的だっただろうから。

 

ちなみに僕が若い頃には、「アウティング」なる言葉は無かった。
正直言って、横文字化することでこのおぞましく残酷な行為の印象が薄まっていると思う。
ここら辺についてはまた今度。